1445 Jul 5
スズダリの戦い
Suzdal, Vladimir Oblast, Russi1445年の戦役はモスクワにとって悲惨なものであり、ロシア政治に大きな影響を与えた。戦闘は、ハン・ウルグ・ムハンマドがニジニ・ノヴゴロドの戦略要塞を占領し、モスクワに侵攻したときに勃発した。ヴァシーリー2世は軍隊を召集し、ムーロムとゴロホヴェツの近くでタタール人を破った。戦争は終わったと考えた彼は軍隊を解散し、凱旋してモスクワに戻ったが、タタール人が再びニジニ・ノヴゴロドを包囲したことを知った。新しい軍隊が召集されてスズダリに向かって行進し、そこで要塞に火を放った後ニジニを敵に降伏させたロシアの将軍たちと遭遇した。1445年6月6日、聖エウフェミウス修道院の壁近くでロシア人とタタール人がカメンカ川の戦いで衝突した。この戦いはタタール人にとって大成功で、ヴァシーリー2世は捕虜となった。君主を捕らわれの身から取り戻すには4か月と巨額の身代金(20万ルーブル)がかかった。
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最終更新Sat May 07 2022